ものみの丘の夜想曲
ぼくはぴろっていうの。
名前は真琴がつけてくれた。
「今日から君はピロだよ。いいね」って。
けど…いま…真琴はいない……
ぼくは、丘から街を見てた。
真琴はどこかに行っちゃって…祐一さんがひどく落ち込んでとても家に居られなかったから…
ここに来た。
真琴がいるかとおもって。
最後に真琴を見た…この丘に。
街には真琴はいない…
そして、この丘にもいない…
泣きたくないから、ぼくはお月様を見た。
泣くのを我慢して見上げたお月様は、
丸くて、
明るくて、
綺麗で、
暖かかった。
以前、真琴が読んでくれた本にはお月様にはお姫様が住んでいるんだって。
真琴はお姫様になってお月様のところにいったのかなぁ…
ぼく、お月様の所へ行く道…わからないよ…
「あら?こんばんは」
誰だろう?
振り向くと、そこには一人の女の人が立っていたんだ。
「ここ、よろしいですか?」
そういって、女の人はゆっくりと座ったんだ。
「寒いでしょう?どうぞ」
女の人は、ぼくをゆっくり抱き上げて膝の上に乗せてくれたんだ。
暖かくて、気持ちよくて、真琴に抱かれたときのように感じたんだ。
「綺麗ですね…お月様……」
ぽつりと女の人がいった。
「にゃあ♪」
ぼくは『そうだね』って意味をこめて鳴いた。
ぼくの言葉が分かればいいんだけど、ほとんどの人はぼくの言葉がわからない。
真琴は分かってくれたのに…
「そうですね。綺麗ですね」
分かってくれた!
僕の言葉を理解してくれたんだ!
うれしい…真琴以外にぼくの言葉を分かってくれるなんて…
女の人はぼくに優しく微笑みかけてくれる。
「昔、お月様にはお姫様が住んでいたんですよ。
だけど、お姫様はお月様に帰ってしまいました。
何故だか知っていますか?」
僕は首をふった。
「実は…私も知りません」
女の人は微笑みながらこの丘を見つめた。
「知っていますか?
この丘にも、人を恋しく思っていながら帰ってしまった人たちが眠っているのですよ…」
ちょっと寂しそうな、少し懐かしそうな声で女の人は話してくれる。
「その人たちは、里の人にいたずらがしたかっただけなのかもしれません。
月のお姫様と同じく理由は分かりません。
この丘から下りて人と交わったそうです。
そして、その人達は帰っていきました。
けど、帰りたくて帰ったわけではありません。
ただ…人が長く生き過ぎて…その人達の命が短かっただけ…
と、いっても君には分からないですね」
そういって、女の人は笑ったんだ。
でも、なぜ、笑いながら泣いているんだろう?
その涙を舐めてあげる。
ぺろり
ぺろり
ぺろり
「もういいです。ありがとう」
女の人は綺麗に笑って立ち上がる。
「さあ、おかえりなさい。
ここの丘の由来を知っていますか?
この丘は里が見えます。
あの人達がここから里の人を見たという逸話から来ているのですよ。
者見の丘…ものみの丘。
それが、この丘の由来です」
女の人の話はちょっと難しかったけど、ぼくが帰らないといけないという事だけは分かった。
ぺこりとお辞儀をして女の人から離れてぼくは家路についた。
真琴の家に。
だって、ぼくまで居なくなったら祐一さんはもっと悲しむから。
さっきの女の人みたいに涙を舐めてあげるんだ。
それから暖かくなったある日。
ぼくは祐一さんといっしょに散歩に行ったんだ。
「よぉ。天野」
「こんにちわ。散歩ですか?」
そう言って天野と呼ばれた女の人はぼくの方を見て笑ったんだ。
「そう。貴方の帰った場所はここだったのね」
「天野、ぴろを知っているのか?」
「ええ。デートをした仲ですから」
ぼくの頭をなでながらあっさり言った天野さん。
ぼくもお礼に天野さんの指を舐めてあげるんだ。
ぼくと天野さんを見て不思議そうな顔をする祐一さん。
それを見てぼくと天野さんは楽しそうに笑った。
真琴。はやく帰っておいでよ。
ぼくも、祐一さんも、天野さんも待っているからね…